東京高等裁判所 昭和44年(ラ)1020号 決定 1971年2月19日
抗告人 菊野正隆
相手方 吉井登美代
主文
原決定を次のとおり変更する。
相手方吉井登美代が抗告人菊野正隆に対し昭和四六年五月末日までに金三六九万円を支払つたときは、原決定別紙目録記載の賃貸借契約を堅固な建物の所有を目的とするものに変更し、その存続期間を右完済の日から三〇年間とし、かつ、その賃料を右完済の日の翌月一日から一か月金一万三五〇〇円とする。
理由
一 抗告代理人は、「原決定を取消す。本件借地条件変更の申立を棄却する。手続費用はすべて相手方の負担とする。」との裁判を求め、その理由として別紙第一及び第二のとおり主張し、なお、「原審相手方菊野直は昭和四五年六月一七日死亡し、抗告人が相続して、その賃貸人の地位をも承継した結果、抗告人が単独で原決定別紙目録記載の賃貸借契約(以下、「本件賃貸借契約」という。)の賃貸人となつた。」と付陳し、甲第一ないし第五号証を提出した。
二 相手方代理人は、「本件抗告を棄却する。手続費用はすべて抗告人の負担とする。」との裁判を求め、その理由として別紙第三ないし第五のとおり陳述し、右相続及び賃貸人の地位の承継の事実を認め、甲第一ないし第五号証の成立を認めた。
三 右に対する当裁判所の判断は、次のとおりである。
(一) 当裁判所も、本件賃貸借契約は、相手方の申立どおり、堅固な建物の所有を目的とするものに変更すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加するほか、原決定理由中に説示するところ(原決定二枚目裏八行目から四枚目表五行目まで)と同一である(ただし、原審相手方菊野直が昭和四五年六月一七日死亡して抗告人が相続し、その賃貸人の地位をも承継した事実は、当事者間に争がないから、原決定三枚目裏三行目中「相手方ら」を「相手方菊野正隆(本件抗告人)」に改め、かつ、原決定三枚目裏一〇行目の「準防大地域」は「準防火地域」の、同四枚目表二行目の「第四種客積地区」は「第四種容積地区」の、それぞれ明白な誤記であるから、訂正する。)から、これを引用する。
抗告人は、菊野三郎と相手方との間で本件賃貸借契約が締結された昭和四二年一〇月から現在までの間には、借地条件の変更を相当とするような事情の変更はない、と主張する。しかし、本件の資料によると、本件賃貸借契約の締結については、原決定に認定するような経緯の存在することを認めることができ、このような経緯のもとにおいては、原決定に判示するとおり、事情の変更の有無は、前借地人が借地権を有していた当時を基準として考えるべきであつて、その観点からするとき、本件賃貸借契約は、事情の変更により、堅固な建物の所有を目的とするものに変更するのを相当とするにいたつたものといわなければならない。当審における審理によつても、右判断をくつがえすべき資料は存しないから、抗告人の主張は理由がない。
(二) つぎに、付随の処分について判断する。
原決定は、本件において鑑定委員会が財産上の給付として借地人に支払を命ずべきものとの意見を述べたもののうち、契約の目的の変更に伴う借地権価格の差は考慮すべきであるが、借地人としては更新料を支払う義務はないのであるから、更新料を考慮に入れるべきではない、と判示する。しかし、本件賃貸借契約においては、契約の目的の変更に伴い、その存続期間も当然伸長されなければならず、契約更新の時期も引きのばされることになるのであるから、それにより、借地人は、利益を得るものといわなければならない。けだし、借地権の存続期間満了に際し、法定の要件が存するときは、借地契約は、いわば法律上当然に更新されるのであつて、この場合、借地人においていわゆる更新料を支払う必要がないことは、いうまでもない。しかし、具体的事案において、いわゆる正当事由等法定の要件が存するかどうかは、必ずしも一義的に明白であるということはできないから、そのような関係から生ずる紛争を予防するため、契約更新に対する賃貸人の異議権の放棄のいわば対価として、借地人がいわゆる更新料を支払うことは、故ないことではなく、その支払の実際上の必要は、各更新の機会に存しないということはできないから、その意味において、更新の時期を引きのばすことは、借地人の利益に資するものとなしうるのである。鑑定委員会の更新料に関する意見も、右のように解するときは、理由がないものということはできず、これを排斥した原決定の判断は支持することができない。本件のような事情のもとにおいて、契約目的変更に伴う財産上の給付の額を決するについては、鑑定委員会の意見のように、借地権価格の差ばかりでなく、いわゆる更新料の額をも考慮に入れるべきである。
もつとも、鑑定委員会は、従来の契約による借地権の残存期間を一八年、新たな契約の存続期間を五〇年と想定して、いわゆる更新料の額を算出しているが、現時点においては、前者は約一七年であり、また、後者は三〇年と定めるので、これにより鑑定委員会の計算方法に従つて計算しなおすと、その額は九五万円(万円未満四捨五入)となる。従つて、借地人が支払うべき財産上の給付の額は、原決定認定の二七四万円(この点については、原決定の説示は、正当であるから、これを引用する。)に右の九五万円を合した三六九万円となる。
また、本件の資料及び審理の全趣旨に徴して、本件賃貸借契約の目的を堅固な建物の所有と変更するのに伴い、その存続期間は、目的変更の日から三〇年間とすべく、また、その賃料は、目的変更の日の翌月一日から一か月一万三五〇〇円(三、三平方米当り約一五〇円)とすべきである。
よつて、主文のとおり決定する。
(裁判官 桑原正憲 寺田治郎 浜秀和)
別紙第一 抗告の理由
一、原決定
相手方は抗告人に対し、東京地方裁判所昭和四四年(借チ)第九号の建物の構造に関する借地条件変更申立をなし、同裁判所は昭和四四年一二月一一日付をもつて左記の決定をした。
記
1 申立人が、相手方らに対し、本裁判確定の日から三日以内に金二七四万円を支払うことを条件に、別紙目録記載の土地賃貸借契約の目的を堅固建物所有に変更する。
2 前項により土地賃貸借契約の目的が変更された場合
(一) 借地期間を前項の金員の支払がなされた日から三〇年延長し、
(二) 賃料を右金員の支払がなされた月の翌月から三・三平方メートル当り一ケ月一五〇円に改める。
二、原決定の理由
原決定の理由とするところは、本申立の採否につき考慮すべき事情は築山正夫が本件土地に賃借権を有していた当時を基準として考るべきであるとして、右築山の借地後に本件土地は準防火地域・第四種容積地区の指定がなされたこと、本件土地附近は高層建物が林立し、ビルの谷間となつている事が認められるので、借地条件の変更を相当とし、その際の附随処分として契約の目的の変更に伴う借地権価額の差を更地価額の一〇%と認め、その金額を財産上の給付として決定した。
三、原決定の不当性
しかしながら
(一) 条件変更について
(イ) 改正借地法に基き条件変更を認容する場合というのは「現在当該土地において合理的に借地権を設定するとしたら、堅固な建物の所有を目的とする借地権を設定することが相当であるに至つた場合」(法改正の際の法務委員会における政府委員の説明)であるが、本件土地については当事者間において昭和四二年一〇月に木造建物所有の目的で賃貸借契約が締結されているのである。
(ロ) ところで、右契約締結の際及びその後において、主たる条件変更のない事は原審における相手方(抗告人)の第二準備書面第二項(二)に記載の通りであるが、昭和四二年一〇月の契約時においては堅固建物を目的とする契約にしたいとの申出は、相手方吉井氏より全くなかつたのであり、これは本件土地についてその地形(不整形地で且つ近隣居住者の土地と複雑に入り組んでいる)や近隣借地人がいづれも木造居宅に居住していて本件土地にビルをたてるときは日照権その他で、近隣との問題が生ずる事が必至である等の事情に鑑み当事者においてはコンクリートビルを本件土地に建築する事はむしろ不合理との認識の上にたち契約されているものである。
(参照 東地決昭和四三・六・二六 制時五二九-五八、東地決昭四三・一二・二四 判時五五〇-72)
(ハ) 一方地代値上請求事件においては値上請求を認めるには前回の地代改定時期から相当期間が経過している事を要件とするのが判例であるが、これは当事者の合意に対し一種の拘束力と信頼を与えて裁判所が強権介入するのを不相当と判断したものと解されるのであり本件においても当事者の合理的な合意により四二年一〇月に契約成立しているのでありながら、原審がその二年後(申立てのときは一年半経過後にしかすぎない)に条件変更を認めた事は従来の裁判所の値上請求事件における判断と抵触し(たとえそれが非訟事件と訴訟事件の性質のちがいがあるとしても、裁判所の判断により実質的には契約内容が変更される点においては同一である)、きわめて不当な判断である。
(ニ) 更に原審が実質的な借地契約の承継を理由に本件土地の前借地人である築山正夫の借地当時を事情変更の基準時としているが、この様な判断は事情変更の基準時を殆んど無制限に遡及させるものであり、ひいてはその間になされた契約の効力及びそれに対する信頼性を無視する結果となるものであつてこれ又不当である。
(ホ) 次に原審裁判所が本件土地がビルの谷間にあるという判断で他の条件とあいまち、簡単に条件変更を認めているが、裁判所の指摘するビルというのは、いづれも麹町四丁目の交差点に通ずる公道に面した防火地域の指定ある土地上のもので、本件土地とはその環境を異にする。本件土地を含む裏通りに面する土地はいづれも現在居住用非堅固建物が立並んでいるのであつて商店街等が形成されているものでもなく、又車輛の通行もやつとの道路巾四メートル弱の道路に面するだけであり将来において商業地等として発展する見通しもないのであるうえ、本件土地はその地形等の事情でビルも四階までしか可能でないのである。以上により原審裁判所の条件変更を認容した判断は不当、違法である。
(参照 東地決昭和四三・六・二六 判時五二九-五八、東地決昭四三・一二・二四 判時五五〇-七二)
(二) 付随処分について
一方原審決定は、本来借地人に更新料支払義務がない事を理由に、期間延長に伴う更新料を考慮に入れた鑑定委員会の意見を排斥している。しかし借地法八条の二 第三項の財産上の給付については、法改正の際の法務委員会における政府委員の説明によると、例えば地代家賃統制令で禁止されている権利金等も世上行われている事実がある以上当事者の利害調整という点から実質的には考慮される事を明確に認めているのであり、それは本条項に基く金銭的給付であつて、権利金そのものではないとされているのである。
まして本件土地一帯については、従来より更新料、権利金が授受されていたのであり、当事者において任意になされるこれらの金銭の授受が禁止されているものでもないから、本決定が借地条件の変更を認めただけではなく付随条件として期間の延長も決定しているのである以上借地権差額のみをもつて財産的給付とするのは当事者の利害の衡平をはかるという点からは全く片手落ちであり、存続期間延長に伴い、世上取引されている更新料も当然考慮されるのでなければ、真に利害の調整がなされたとはいえないのである。
本件非訟手続は本来原則として当事者の契約自由に任ねられているものを裁判所が強権的に介入して契約内容を変更するものである以上、当事者の実質的な利害の調整がはかられてはじめて、その正当性を有するものである。
原審決定が財産上の給付の算定に当つて、更新料は本来請求しえないものだからとして直ちに考慮しえないとしたのは法改正の趣旨及び本件非訟事件の性格を誤つて解しているものである。
この点からも原審決定は不当・違法である。
よつて抗告に及ぶ次第である。
別紙第二 抗告人の準備書面(昭和四五年七月一日付)
一、原審決定は「申立人(本件相手方)と相手方ら(本件抗告人ら)との間の本件土地賃貸借契約(以下甲契約という)は昭和四二年一〇月一日締結されたものであるが、その実質は築山正夫、菊野三郎間の前記土地賃貸借契約(以下乙契約という)を承継したものであるので、本件申立の採否につき考慮すべき附近の土地利用状況の変化その他の事情の変更等は、築山正夫が本件土地に借地権を有していた当時を基準として考えるべきである」と判示しているが甲契約がその実質において乙契約を承継したものであるとの認定は誤りである。
即ち、原審が認定した事実によれば、築山正夫が菊野三郎から本件土地を賃借し、昭和三六年九月一五日本件相手方の夫である吉井誠吉が経営する昭和機械製造株式会社において、右築山の借地権を菊野三郎の承諾を得て譲り受けその後、同四二年一〇月一日に至り菊野三郎、昭和機械製造株式会社、吉井誠吉の三者合意のうえ借地人を吉井誠吉個人に変更し、即日乙契約と合意解約し同日改めて、申立人と菊野三郎との間において甲契約を締結したとのことであつて、乙契約は当事者の変更による更改により消滅したことを認めているのであり、またその契約内容を比較検討すると乙契約では賃貸借期間は同三六年九月一五日より一一年、賃料毎月四、五〇〇円であつたが、甲契約では、期間は同四二年一〇月一日より二〇年間、賃料月八、六〇〇円となつており、実質的にも乙契約と甲契約との間には同一性がなく、甲契約は全く新しい契約であつて乙契約を承継したとの原審認定の事実は明らかに誤りであるから本件申立の採否につき考慮すべき附近の土地の利用状況の変化その他の事情の変更等は甲契約成立時を基準として考えるべきである。
ところが、甲契約の締結の際及びその後においては主たる条件変更のないことは原審に於て、相手方(抗告人ら)が第二準備書面に記載主張した通りである。
従つて原審が土地の客観的事情の変更による条件変更を認めたことは不当である。
二、仮に右主張が認められないとしても、次のことを主張する。原審決定は附随処分の算定について、本来借地人には更新料支払義務がないのであるから、更新料を考慮に入れることは相当でないとして更新料相当額を算定した鑑定意見を排斥しているが、単に実定法上借地人の更新料支払義務を定めた規定がないとの形式的な理由から右更新料の算入を否定することは不当である。即ち、法は当事者間の利益の衡平を図るために財産上の給付を認めているのであるが、本件における借地人と地主の利益不利益を検討してみると借地人には土地利用効率の増加、存続期間の延長の利益があり、地主にとつては、更新時の建物買取価額の増加、底地価額の低下等の不利益が認められるのであつて、結果的には財産上の給付は地主に及ぼす不利益の補償という性格を有するのである。
また法は付随処分の内容については裁判所に裁量権を与えているが同時に裁判所の諮問機関として、その裁量権行使の適正を期する為、鑑定委員会制度を設け、特に必要がないと認める場合を除き付随処分をなす前に鑑定委員会より意見を聴くことを要する旨定めている。その趣旨は裁判所の付随処分が当を得るためには不動産の評価、不動産の取引の実情を正しく把握し、かつ取引界の実情を十分に考慮して社会的妥当性を図るべきであるとの認識に立つているものと考えられる。
右の趣旨から言えば、裁判所は鑑定委員会の意見をまず尊重すべきであつて、それを排斥するためには、それ相当の理由を付する必要があるものと考える。
かく解するとき、一般に借地条件変更許可に際する鑑定委員会の意見の多くは財産上の給付につき更新料の算入を認めていること、かつ借地契約の更新に際して更新料名義で相当額の更新料が借地人から地主に支払われていることは、すでに社会的慣行として当然のこととなつており、もはや慣習法となつているとも考えられる現在、更新料算入を認めた原審における鑑定意見は十分に尊重されるべきであつて、単に、更新料が実定法上借地人の義務として認められていないからとの杓子定規な判断をせず付随処分をなすに際し、特に不要な場合を除き鑑定委員会の意見を聴することを義務づけた法の趣旨を正しく認識、尊重すべきである。
現に裁判所においても借地条件変更許可に際する付随処分の決定につき借地権増加額(又は借地利用効率の増加額)に加えて更新料相当額を認めた鑑定意見をそのまゝ取り入れたものも多数ある。(例えば東京地裁昭和四二年九月一日決定、同四三年三月六日決定、岡山地裁同年四月一三日決定等)
従つて、本件においては鑑定意見を排するにつき特別の事情が認められないのであるから、原審における鑑定主文通り財産上の給付として金四一三万五、〇〇〇円を認めるのが相当であつて、その限りで原審決定は不当である。
三、相手方は答弁書および準備書面において抗告人らが不法かつ不当に引延を策してる旨主張するが、抗告人らとしては相手方の右中傷に対し反発すべき事は多数あるが、土俵は法律の枠に止めるべきと心得、敢えて反論は致しません。須らく抗告人らの右前二項の主張を検討のうえ判断を頂きたく上申いたします。
以上
別紙第三 抗告の理由に対する答弁(昭和四五年三月二五日付)
一、抗告の理由第一、二項は認める。
二、抗告の理由第三項はすべて争う。
抗告の理由第三項(一)(ロ)は否認する。本件土地賃貸借の際当事者間においてコンクリートビルを本件土地に建築する事は不合理との認識の上にたち契約された等という事実は全くない。抗告人らの主張は虚構の事実に基く全くの我田引水の論であり明らかに失当である。本件土地附近には高層建物が林立していることは、現場を一見してみれば明らかであり、抗告人ら自身、原審においては本件土地は高層マンシヨン適地であるから抗告人らは本件土地の隣接居住者と共同でその敷地に高層マンシヨンを建築するので本件賃借権を買取りたい旨主張し、事情を知らぬ近隣居住者(その殆んどが相手方らの土地を賃借している借地人であり、地主である相手方らの言うことをきかない訳にはいかぬ立場の者である)を使嗾し、申立人の本件建築に反対する陳情書(乙第二乃至第六号証)を提出せしめたりしているのであり、抗告人ら自身借地条件の変更すべき適地であることを認めていたのであり、本件抗告にあたり言をひるがえし、反対の結論に基く主張をなしているのであり、かゝる抗告人らの不信な態度は洵に遺憾に堪えない。
三、本件土地附近は都心としての土地利用合理化の社会的・経済的要請によつて不燃高層の建物の建設を促進せしめられている地区であり、かつ亦南北に隣接する土地には高層建物がすでに建設されてあり用方変更を認められた原決定は洵に至当である。
本件抗告は従前の抗告人らの言動から推し単に引のばしを計り困惑した相手方に本件賃借権の譲渡を承諾させようという不当な目的を遂げるためのものと察せられるが、抗告人らのかゝる態度は洵に遺憾に堪えない。
何卒至急本件につき却下の決定あらんことを冀求してやまない次第である。
別紙第四 相手方の第一準備書面(昭和四五年四月二〇日付)
一、相手方の昭和四五年三月二五日付答弁書において指摘したとおり、抗告人ら自身本件土地は高層マンシヨン適地であるから抗告人らは本件土地の隣接居住者と共同でその敷地に高層マンシヨンを建築するので本件賃借権を買取りたい旨主張し、原審での審理を引きのばしかつ渋谷簡易裁判所に土地明渡の調停を申立て(乙第一、二号証)(同庁昭和四四年(ユ)第二五六号事件)ていたが調停での話し合いが進展する気配がみえるや、急転して従前の主張を撤回し、右調停をも取下げる態度に出たのであつて、ひつきよう抗告人らは単に引きのばしを計り困惑した相手方よりより多額の示談金をせしめようという不当な目的を遂げるためにのみ本件抗告に及んだものと察せられ、抗告人らのかゝる態度は神聖な裁判所を愚弄するものであり洵に遺憾に堪えない。相手方は原決定に基き本件土地上に建築する建物の設計図も完成し(建築許可済み)建設業者にもすでに依頼済みであり、抗告人らの不法かつ不当なる延引策により甚大なる損害を蒙つている現状にあるので、何卒速やかに本件抗告を却下する御裁判を得たく冀求する次第である。
別紙第五 相手方の第二準備書面(昭和四六年二月三日付)
昭和四五年七月一日付抗告人の準備書面に対する答弁
一、(1) 抗告人は右準備書面第一項において、「申立人(本件相手方)と相手方ら(本件抗告人ら)との間の本件土地賃貸借契約は昭和四二年一〇月一日締結されたものではあるが、その実質は築山正夫、菊野三郎間の前記土地賃貸借契約を承継したものであるので、本件申立の採否につき考慮すべき附近の土地利用状況の変化その他の事情の変更等は築山正夫が本件土地に借地権を有していた当時を基準として考えるべきである」と判示した原決定を非難しているが、抗告人の右主張は事実に反した言いがかりにすぎず明らかに失当である。
(2) 相手方の夫である件外吉井誠吉の経営する昭和機械製造株式会社(同社の全株式は吉井誠吉及び相手方が所有しており、吉井家の個人会社)は昭和三六年九月件外築山正二郎より本件土地の借地権を地上建物とともに買受けたが、その際右築山は抗告人らの被相続人である件外亡菊野三郎に金一五〇万円也の名義書替料を支払つて右の借地権譲渡につき、右亡菊野三郎の承諾を得たことは抗告人らも認めているところである。
而して件外昭和機械製造株式会社と件外亡菊野三郎との間に本件土地につき昭和三六年九月一五日左記要旨の約定による土地賃貸借契約を締結したのである(別添昭和三六年九月一五日付土地賃貸借契約書を御参照賜わりたい)。
約定要旨
(イ) 賃貸借期間 昭和三六年九月一五日より同四七年四月三〇日までの満一一ケ年間
(ロ) 賃料 月額金四、五〇〇円毎月末日払い
(3) ところがその後件外亡菊野三郎は本件賃貸借につき賃借人が法人であることは借地権譲渡等につき脱法的行為をされるおそれがあるとの理由により賃借人を個人とするよう強く迫つた(別添土地賃貸借契約書の冒頭部分の賃借人「昭和機械製造株式会社代表取締役」を消したのもそのためである)ので相手方及び件外吉井誠吉は同人と協議の結果昭和四二年一〇月一日本件土地の賃貸借につき賃借人を相手方とする契約に書替えたのである(契約条件は相手方の原審申立書中申立の理由第一項記載のとおり)。
(4) 右の次第で本件土地の賃貸借は昭和三六年九月一五日より現在まで継続しているものであることは明らかであり、原決定が本件申立の採否につき考慮すべき附近の土地利用状況の変化その他の事情の変更等を昭和三六年九月一五日当時を基準としたことは当然であり、抗告人の非難は明らかに失当である。
しかして、この間本件土地については昭和三八年一月一八日建設省告示四八号により準防火地域に指定され(同年二月七日施行、抗告人も自白している)、ここ一両年の間に附近は全て堅固建物となつている現状に鑑み、本件賃貸借契約につき堅固な建物を所有する目的と変更する必要があることは明らかである。
(5) 仮りにしからずとするも相手方と件外亡菊野三郎間に契約が便宜上書換えられた昭和四二年一〇月一日を基準としても、右期日以降現在に至る間に右に述べたとおり附近には全て堅固建物が建築されたのであり、本件賃貸借契約につき堅固な建物を所有する目的に変更する必要があることは明らかである。
(6) 本件土地附近には高層建物が林立していることは現場を一見してみれば明らかであり、抗告人ら自身、原審においては本件土地は高層マンシヨン適地であるから抗告人らは本件土地の隣接居住者と共同でその敷地に高層マンシヨンを建築するので本件賃借権を買取りたい旨主張し、事情を知らぬ近隣居住者(その殆んどが相手方らの土地を賃借している借地人であり、地主である相手方らの言うことをきかない訳にはいかぬ立場の者である)を使嗾し、申立人の本件建築に反対する陳情書(乙第二乃至第六号証)を提出せしめたりしているのであり、抗告人ら自身借地条件の変更すべき適地であることを認めていたのであり、本件抗告にあたり言をひるがえし、反対の結論に基く主張をなしているのであり、かゝる抗告人らの不信な態度は洵に遺憾に堪えない。
(7) 本件土地附近は都心としての土地利用合理化の社会的・経済的要請によつて不燃高層の建物の建設を促進せしめられている地区であり、かつ亦南北に隣接する土地には高層建物がすでに建設されてあり用方変更を認められた原決定は洵に至当である。
二、抗告人らは前記準備書面第二項において、附随処分の算定について、更新料相当額を算定した鑑定意見を排斥した原決定を非難しているが、抗告人らの主張は根拠に基かぬ我田引水の説で主張自体失当であり、本来借地人には更新料支払義務はないのであるから更新料を考慮に入れることは不当であり原決定は適法かつ正当である。
三、抗告人は本件において、当初相手方の借地条件変更認容の申立に反対し、前叙のとおり、抗告人ら自身本件土地は高層マンシヨン適地であるから抗告人らは本件土地の隣接居住者と共同でその敷地に高層マンシヨンを建築するので本件賃借権を買取りたい旨主張し、原審での審理を引きのばし、かつ渋谷簡易裁判所に土地明渡の調停を申立て(乙第一、二号証)(同庁昭和四四年(ユ)第二五六号事件)ていたが調停での話し合いが進展する気配がみえるや、急転して従前の主張を撤回し、右調停をも取下げる態度に出たのであり、抗告審における御庁の和解においても借地条件変更を認める前提での話し合いを進めている最中に抗告人らは前叙の隣地居住者等を使嗾して区の建築課等に働きかけ相手方の建築を妨害する挙に出ていたものであり、畢竟抗告人らは単に引きのばしを計り困惑した相手方よりより多額の示談金をせしめようという不当な目的を遂げるためにのみ本件抗告に及んだものと察せられ、抗告人らのかゝる不信の態度は神聖な裁制所を愚弄するものであり洵に遺憾に堪えない。相手方は原決定に基き本件土地上に建築する建物の設計図も完成し(建築許可済み)建設業者にもすでに依頼済みであり、抗告人らの不法かつ不当なる延引策により甚大なる損害を蒙つている現状にあるので、何卒速やかに本件抗告を却下する御裁判を得たく冀求する次第である。